中小製造業が人事制度設計をプロフェッショナル人材と実現。
「この出会いが会社を一歩進めてくれたし、会社を救ってくれた。本当にそう思っています」
Customer profile

株式会社サンブライト
代表取締役 渡邉 忍 様
1991年、福島県大熊町で創業した精密部品加工メーカー、株式会社サンブライト。東日本大震災と原子力発電所事故の影響で会津若松市へ工場を移すという大きな苦難を乗り越えながら、業務用カメラ部品や半導体製造装置部品などの精密加工を手掛けてきました。
「人が輝く仕事、人で輝く会社」をビジョンに掲げる同社は、「80歳まで現役で働ける会社」を目指す人事制度づくりのため、Warisからプロフェッショナル人材の楠本さんをご紹介。楠本さんの伴走は制度設計にとどまらず、理念・行動指針の策定と浸透、幹部教育にまで及び、組織に静かで確かな変化をもたらしています。
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OBJECTIVE 解決したい課題
- 「80歳まで現役で働ける会社」を目指す「元気80プロジェクト」を構想したが、社内に人事制度設計のスキルを持つ人材がいなかった
- 参考にできる事例が見当たらず、地元で制度設計を任せられる人材を見つけることも難しかった
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BENEFIT 得られた成果
- ニーズに最も近いプロ人材と出会い、人事制度の前提となる「組織の土台づくり」から着手できた
- 全社員との面談やファシリテーションを通じて理念・ビジョンを再定義。社員の言葉から20項目の「行動指針」が生まれ、来期からは人事評価への組み込みが始まる
- 社員同士の不満やクレームが劇的に減少。心理的安全性が高まり、社員が経営層に率直に意見を言える組織へと変わり始めた
「企業は人なり」――80歳まで現役で働ける会社を目指して
株式会社サンブライトは、業務用カメラ部品や半導体製造装置部品などの精密加工を手掛け、大手光学機器メーカーを取引先に持つ、創業30年を超えるものづくり企業です。1991年に福島県大熊町で創業し、2011年の東日本大震災と原子力発電所事故により会津若松市への移転を余儀なくされながらも、「誠実・熱意・努力」の経営理念のもと、事業を続けてきました。

そんな同社の代表取締役・渡邉忍さん(以下、渡邉さん)が温めてきたのが、「元気80プロジェクト」。80歳まで現役で生き生きと働ける会社をつくろう、という構想です。
「私たちも、人のことではすごく苦労をしてきました。正直なところ、人を後回しにしてしまっていた時期もあり、結果的に痛い思いもした。だからこそ『企業は人なり』ということを改めて思い直したんです。この会社が社会の中で存続していくために、そして従業員に満足して働いてもらうためには、何をするべきか。そこから『80歳までなんとか現役で働けるような人事制度が設計できないか』という発想が生まれました」(渡邉さん)
しかし、中小企業が人事制度をつくろうとするとき、参考になるのは大企業や中堅企業が公開している制度の事例がほとんど。地方の小さな製造業が「80歳まで現役」を掲げた事例は、探してもどこにも見当たりませんでした。社内に人事制度設計のスキルを持つ人材はおらず、人事総務の担当は1名。地元で制度設計を任せられる人材を探すことも簡単ではありませんでした。
「制度設計という仕事の性格上、必ずしも近くにいる方でなくても大丈夫かもしれない。そう考えて、首都圏や仙台にまで手を伸ばして専門家を探し始めたんです」(渡邉さん)
「事情を汲み取るところから始めてくれた」――ニーズに一番近い人との出会い
いくつかのビジネスマッチングサービスを通じて複数の人材会社から紹介を受けるなかで、渡邉さんが「この方だ」と感じたのが、Warisからご紹介した楠本さんでした。
楠本さんは、大手自動車メーカーのマーケティング部門で新車プロモーションに携わったのち、国家公務員に転身。中央省庁で14年間にわたり、人事制度の設計や全府省庁へのテレワーク導入推進など、定性・定量調査にもとづく大規模な制度づくり・仕組みづくりを経験してきた人材です。フリーランスとして独立してからは、事業会社やスタートアップの経営企画・組織づくりを支援。産業カウンセラーの資格も持ち、「一人ひとりの声を無駄にせず、仕組みに変えていくこと」を強みとしています。
「スピードも早かったし、何より、私が出したニーズに一番近い人材をご紹介いただけたのがWarisさんでした。他社さんからも、いわゆる『人事のプロ』はご紹介いただいていたんです。でもWarisさんは、私たちの事情を深く汲み取るところから始めてくれた。人材の選定という点で、お声がけした中で一番優秀だったと思います。何十人もの方と面談する余裕はないなかで、最初のご提案で最適解に早く近づくことができました」(渡邉さん)
こうして2024年夏、楠本さんのサンブライトへの参画が決まりました。契約は業務委託で、月15~20時間程度からのスタート。リモートでのやりとりを中心に、必要に応じて福島のオフィスへ出張するという働き方です。
「今のままで制度を載せても、うまくいきません」――人事制度設計の前に必要な組織づくり
もっとも、スタート時点の渡邉さんの期待は、いま振り返ると「甘い頼み方だった」と言います。
「『この人さえ来てくれれば、私たちは特に汗をかかなくても制度が手に入る』みたいなところがスタートでした。今思えば、恥ずかしいのですが」(渡邉さん)
その期待に対して、楠本さんから返ってきたのは意外な言葉でした。
「『制度設計の書類をつくるだけなら、できますよ。ただ社長、それを今のこの状態の上にポンと載せても、誰もいいことはありません。社長が望む形は理解しているつもりですが、そこには書類1枚ではたどり着けない』と、はっきり言われたんです。そこからが本当のスタートだったと思います」(渡邉さん)
土台がしっかりしていないところに新しい制度を載せても、うまくいかない――。ものづくり企業では、手に職があればマネジメント経験が浅くても役職が上がっていきがちで、マネジメント力やビジネスリテラシーの底上げなしに人事制度だけを整えても形骸化してしまう。そんな楠本さんの見立てのもと、同社は制度設計に先立って「組織の屋台骨をつくり直す」取り組みから始めることにしました。
「遠回りに見えるけれど、『社長が本当に目指すところに行くのなら、遠回りするしかありませんよ』と。これだけ聞くと契約を引き延ばすためのコンサルトークに聞こえるかもしれませんが、まったく違うんです。『もしかして、私よりもこの会社のことを考えてくれていませんか?』というぐらい、この会社の行く末を心配して、情熱を傾けてくれる。こんなに会社のことを考えてくれる人に出会えるんだ、という驚きがありました」(渡邉さん)
全社員70名との面談から生まれた、20項目の「行動指針」
楠本さんがまず取り組んだのは、会社を知ることでした。「会社のことをよく知らないといけないので、全員と面談させてください」と、社員70名全員との面談を実施したのです。
そのうえで立ち上がったのが、社内の有志が手を挙げて集まる「理念ビジョン浸透プロジェクト」。楠本さんはファシリテーターとして、ブレインストーミングの進め方や考えの整理の順番、資料のまとめ方まで、メンバーに伴走しながら議論を導きました。理念とビジョンをもう一度見つめ直し、「どんな人と一緒に働きたいか」を社員自身の言葉で紡いだ結果、20項目の「行動指針」が完成。ポスターや冊子のかたちで全社員に配布され、朝礼での活用など、浸透活動が始まっています。
活動は行動指針づくりにとどまりません。部長クラスで構成する「将来を考える会」のファシリテーションや幹部教育、さらには渡邉さん自身への「社長コーチング&カウンセリング」まで、楠本さんが担っています。
「楠本さんには『社長が変わらないと、この会社は変わりませんよ』と、はっきり言われますからね。でも、本当にごもっともなんです。口だけのアドバイスではなくて、ツールまで一緒につくり上げて『一緒にやりましょう』と持っていってくれる。腹落ち感がすごいんです。文字どおりの伴走、ハンズオンってこういうことだな、と思います」(渡邉さん)
現在は期の変わり目を迎え、来期から行動指針を人事評価の一部に組み込む活動が始まるところ。楠本さんによる伴走は、3週間に2回程度の来社と、その間のWeb会議を組み合わせており、少しペースを上げながら準備を進めています。
社員同士の不満が劇的に減った――高まる心理的安全性
変化は、社員の側にも表れています。実は過去に複数のコンサルティング会社と付き合いのあった同社には、当初「コンサルアレルギー」とも言える空気があったそうです。
「最初の1年くらいは『楠本さんも同じかな』という警戒感が社内にありました。でも、全員と面談するコンサルタントなんていませんでしたから。余計なことは言わず、ちゃんとしたことしか言わない。かといって冗談を言わないわけでもない。その気さくな人柄にも助けられて、1年ほど経つ頃には『なんか違うんじゃないか』と。少なくとも楠本さんに対するアレルギーは、もうありません」(渡邉さん)
まだ、ようやくスタートラインを切れたという状況にあり、数字による定量的な成果表現はしにくいのですが、と前置きしながら、渡邉さんが挙げてくれた変化があります。
「社内のコミュニケーションの量は、明らかに増えました。そして、私は全社員と個人面談をしているのですが、そこに上がってくる社員同士の不満やクレームが、ガクッと減ったんです。ゼロになったわけではないけれど、劇的に減った。以前は私にすら言ってくれなかったことを、言ってくれるようになってきた。楠本さんという『吐き出し口』がちゃんとあって、それが私に届いて、少しずつ対応されていく。その積み重ねだと思います」(渡邉さん)
先日開かれた「将来を考える会」では、社員のひとりからこんな言葉があったといいます。「最近の社長は良くなりましたよ。ちゃんと声を上げたら、聞いてくれる耳があるんですね」――経営層に率直に意見を言える、心理的安全性の高い組織への変化が、確かに始まっています。
「お母さんのような存在」――ダメなことはダメと言ってくれる伴走者
「Warisだからこそ提供できた価値」を尋ねると、渡邉さんはこう答えてくれました。
「特に男性・女性にこだわっていたわけではないんです。でも今思えば、あのお母さん的な目線が、この会社のコミュニケーションを豊かにしてくれた大きな要因だと思います。何でも言うことを聞いてくれるのではなくて、『ダメなことはダメ』と言ってくれる。ありそうで、全然ないんですよ。女性の活躍を大切にしているWarisさんにお願いしたことは、今思えば最適解でした」(渡邉さん)
関係が深まった今でこそ笑って話せるものの、楠本さんは「切られるかもしれない」と覚悟しながら、渡邉さんに苦言を呈することもあったそうです。
「その覚悟をしてくれていたからこそ、関係が強くなったし、私自身が気づくことができた。まだちゃんとできているとは思えていませんが、少しでも気づけたのは楠本さんのおかげです」(渡邉さん)
生き生きと、いい年の取り方ができる会社へ
インタビューの最後に、これからのサンブライトの展望を伺いました。
「お互いをちゃんと尊重できて、この会社という器の中で、みんなが生き生きと『俺って結構やるよね』『私って結構やるわよね』と思える会社にしたい。それは、充実していい年の取り方ができる大人ということだと思うんです。そういう人たちの集う会社にしていきたいですね」(渡邉さん)
80歳まで現役で働ける会社という大きな目標に向かって、制度の前に、まず人と組織の土台から。遠回りに見えて、いちばん確かな道を、サンブライトと楠本さんは今日も一緒に歩んでいます。
「この出会いが会社を一歩進めてくれたし、会社を救ってくれた」――渡邉さんのこの言葉が、何よりの成果を物語っています。
※本インタビューは2026年7月に実施したものです。

- 株式会社サンブライト
- https://sunbright-f.co.jp/
- ■設立/1991年10月
■事業内容/
業務用カメラ部品、半導体製造装置部品ほか精密部品加工全般(金属切削加工・表面処理)
■本社/福島県双葉郡大熊町
■工場/会津河東工場(福島県会津若松市)
